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2009'05.28 (Thu)

王子アスベスト裁判の報告

5月20日 王寺アスベスト補償裁判の模様

 5月20日(水)午後4時から大阪地裁1010号法廷で、ますます増え続ける日通との勇気ある闘いの仲間と支援者が傍聴に駆けつける中、弁論が開かれました。裁判官は大橋家の裁判と同じです。
進行協議と法廷とを交互で行なっているため、先の進行協議で大まかに決めたことを、その後の法廷の中で確認をしながらという状況でした。
まず、準備書面を各々提出し、原告は、葛城労基署に「粉塵調査をしたデーターを出しなさいと」裁判所から要求してもらっています。また、1972年に朝日新聞に掲載された「ニチアスが行政の規制が始まって行なった71年の粉塵調査で濃度が高かった」というデーターを出しなさいと要求しましたが、ニチアスは出す必要がないと答えています。亡くなった本人が働いていたのは1969~1971年の間です。
また、本人は日通の駐在員として事務と作業手配などのためにニチアスの倉庫で作業応援もしながら働いていましたが、「倉庫の中で働いていない」とニチアスは堂々とウソをつきました。その点について裁判官は、「予備的主張はしないか」(「あとで、『倉庫の中に入っていた』と言うなよ」)と釘を刺しました。
証人については、ニチアスが関係者を明らかにせず、日通が所長など3人を明らかにしていますが、余り当時の状況を知らない1人を出そうとしています。原告は、故吉崎さんと一緒に働いたことがあり接触していた、石綿(アスベスト)を吸っている、その他の2人を敵性証人として呼ぶことにしています。
次回の進行協議は7月21日(火)午後4時、弁論は7月29日(水)午後4時です。

いつも思う事は日本通運にしても、ニチアスにしても大手企業でありながら、いざ証拠提出となると拒むのでしょうか?この裁判だけではありません。まして、これだけの大手企業が「もう何年も前の事だから分からない」「証拠を出す必要がない」と言っていますが・・・会社側が何もやましい事がなければきちんと調べ証拠もきちんとだすべきだはないでしょうか?逆にいえば出せないような証拠なのか?
と疑われても仕方ないですね。吉崎さんは生前中皮腫を発症しニチアス駐在で働いていた事が分かりましたが、この時から会社は非協力的で,そして全日通組合にお願いしも動いてはくれず、仕方なく体調不良の中自分で申請し労災も認定されました。労災認定の後、会社への慶弔見舞金の交渉も無視されてしまいました。

皆さんの裁判を見ているとどんな小さな物でもかまいません。何か会社に対して不可解に思う事があれば必ず証拠を取っておいてくださいね絵文字名を入力してください
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07:23  |  アスベスト訴訟  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT   このページの上へ

2009'05.26 (Tue)

日通航空 第1回労働審判 支援者の報告

日通航空 第1回労働審判 支援者の報告

不当な懲戒解雇に対して申し立てた労働審判の第1回目が5月14日に開かれました。
会社側から5月1日に提出された答弁書と書証を検討して、この日に臨みました。

2回の謹慎処分のあとに3回目の懲戒解雇処分が出されていますが、1回目の処分の理由に7日間の無断欠勤があり、その期間の出勤表のコピーを会社が提出してきました。しかし、その中には年休と欠勤が交互にあって不自然なのですが、会社の言い分は、本人と連絡取れたときは年休で処理し、連絡が取れなかったときは無断欠勤にしているというものですが、本人は事前に会社に「体調が悪いので年休で休みます」と連絡しています。また、出勤表はあとでまとめ書きが常態化していましたので、時間記入がなくても実際はあながち欠勤とは限りません。

下車勤務については就業規則にはなく理由がない(恣意的な実質的制裁の意味がある)のではないか、マイカー通勤は会社が黙認していたこと、、また、無断早退については、勤務時間変更の指示によって終業時間に帰っただけなのに無断早退にされたことついては勤務時間に管理者の確認印があり無断とは言えないのではないか、・・など委員からの意見がありました。また、運転業務に復帰を考えていたと言う会社側の主張に、検定も受けさせてもらえず復帰は絶望だったとの事実で反論しました。また、本人は職業が毎日自動車の運転でありながらゴールドの運転免許を持っている優秀なドライバーであることがわかりました。

日本通運はタイムカードがなく全て手書きの勤務表です。私が以前いた営業所でも、毎日書いてる人と、1か月まとめて書いてる人もいました。勤務表には本人の印鑑と管理職の印鑑が必要ですが、その管理者が毎月全員の勤務表をその月の最後の日にまとめ押ししていました。管理職がその日いなかったり、会議等に入っていると係長が管理職の印鑑を使い捺印していました。
また、新人社員の人が入職したばかりの時に正直に残業を付けていたら、係長に「勤務表の書き方が違う!教えてやるから来い!」と怒られているの人を毎年見てきました。

確かに勤務表は毎日きちんと記入すべきではあります。ましてこの日本通運は大手企業でありながらタイムカードもありません。会社側の管理職の人達も出勤簿の管理が乱雑すぎるのではないでしょうか?会社側の管理職も面倒なのか?残業時間を最後に調節するためなのか?結局は管理職も全員のを月の最後にまとめ捺印していますよね?そこにも問題があるのでは?勤務表を毎日記入してないのであれば、まず会社側が1度はきちんと話をすべきではないでしょうか?そして、こう言った大きな問題になった時に指摘するのはおかしいのではないかと思うところもあります。ほかの裁判を見ていても、今回のこの件に関しても、日本通運と言う企業の顔が分かります。

労働審判は、1回目に集中審理をして、2回目は調停、3回目は審判、となっています。
次回2回目は、6月17日(水)午後4時から、大阪地裁8階の労働審判廷で行われます。
11:25  |  いじめ・パワハラ・労働違反  |  TB(0)  |  CM(1)  |  EDIT   このページの上へ

2009'05.19 (Tue)

日本通運組合「言論の自由」侵害いよいよ証人尋問

最近お天気が傘だったり太陽たりと気温の変化も激しく皆さん体調はいかがですか絵文字名を入力してください
新型インフルエンザも国内発症も出てきましたが、この時期は風にも気を付けて下さいねバイキンマン

6月5日はいよいよ日通組合員梅川さんの「言論の自由」侵害裁判の証人尋問です絵文字名を入力してください

梅川さんは組合員として、社員を守る為に・・・そして、パワハラや労働問題が日通の中で増え・・
それを改善し働きやすい職場をと・・しかしながら、日本通運は皆さんのからのコメントにもある様に
高い組合費を納めていながらも組合は中々労働者を守ろうとせず・・・会社に全て筒抜けになってしまっている・・・そんな社員の不満が沢山あります。本来組合は労働者の為に活動していくものではないでしょうか?梅川さんは、労働者の為に活動できるきちんとした組合を立て直す為に選挙に立候補しましたが・・・日通は会社の為にならない事は徹底的に妨害してきます。梅川さんもそう言ったことから
選挙の際に「言論の自由」を御用組合から侵害されました。

そして、今回はいよいよ公開証人尋問となりました。日程は絵文字名を入力してください

キラキラ(水色)6月5日(金)午後1時30分~大阪地裁609号法廷キラキラ(水色)
     
① S副委員長 45分
② 梅川さん  60分


今、郵政と合併等により、私の知り合いのいる営業所も新会社JPとなり今まで配達業務をしていた下請けが何十人もjpではいらないと言う事から沢山の下請け労働者が仕事を失いかけていると言う話を聞きました。これから本当に日通も郵政も今やいいニュースは聞かず逆に日通だけでなく郵政までもが、かんぽの宿売買問題や他にもいくつかニュースに流れてきてる中で合併したもののこの先やっていけるのか?という社員の不安が沢山あると思います。裁判終了後には大阪弁護士会館で報告交流会を持ちますので、皆さんのこれからの自分を守る為の知識を持つために是非沢山の人達に傍聴へ来ていただきたいと思いますハート(水色)
01:46  |  「言論の自由」の侵害裁判  |  TB(0)  |  CM(1)  |  EDIT   このページの上へ

2009'05.14 (Thu)

日本通運5月裁判予定

遅くなりましたが5月の裁判及び進行協議の日程です絵文字名を入力してください

王子アスベスト裁判(吉崎さん)
5月20日(水)16:00大阪地裁1010号法廷

2月25日(水)午後1時15分から大阪地裁1010号法廷で多くの傍聴者が駆けつける中、弁論が開かれました。
 まず、原告と被告双方の準備書面と書証を確認し、原告とニチアスに対し出された求釈明については必要なら双方が回答することなどが確認されました。
 そのあと、原告は「主張はほぼ出した。これから立証準備に入りたい」と、被告日通は「主張はまだ足りない。反論を考えたい。書証も出したい」、被告ニチアスは「反論の主張をしたい。書証は出すかどうか検討中」と報告され、裁判官は「提訴から1年の節目。今後の進行をどうしたいかを簡単に1枚に書いてほしい」と双方に要請がありました。(詳細に関しては3月24日のブログに掲載)

SDドライバー労働契約違反裁判
5月29日11:30 
大阪高裁84号法廷

本件判決は、移籍時の口頭での賃金の保障約束を認めた点で高く評価できるものである。
また少数労働者に不利益な労働協約の効力について、被告が支払うべき最低限度を定めたものであると限定的に解釈した点で画期的なものである。(昨年、勝訴しましたが日通が控訴)
被告である日通は判決後まもなく控訴したので、今後も控訴審で闘いは継続することになった。一審判決を後退させることのないよう奮闘したい(詳細は4月22日ブログ掲載)

尼崎アスベスト裁判(進行協議)こちらは傍聴はありません
5月21日10:30~

4月23日(水)午前10時30分から神戸地裁尼崎支部1号法廷で、マスコミも駆けつける中、傍聴券が発行され、傍聴できなかった方も多く出るような状況で、初回弁論が開かれました。
このあと、進行について裁判官から促されると、日通側は、「なにしろ50年くらい前の話、なかなか事実関係わからない」、クボタは「治験の証拠がない」と逃げましたので、証拠の出し方について5月21日(木)午前10時30分に進行協議を持つことになり、2回目の弁論期日は7月2日(木)午前10時30分、1号法廷に決まりました。
裁判後にもたれたミニ報告集会では、まず弁護士より、原告からは訴状提出、意見陳述と進めたが、被告からは骨だけの答弁書が出ているだけなので次回までに主張の補充がある。原告は、膨大な証拠を提出し、被告反論に対する再反論を行う。と説明がありました。(詳細は5月7日ブログ掲載)

以上が5月の裁判予定です絵文字名を入力してくださいお時間のある方は是非傍聴へいらして下さいやったぁ6月も大事な証人尋問があります。その日程に関しましては、OKまたアップします
22:54  |  いじめ・パワハラ・労働違反  |  TB(0)  |  CM(7)  |  EDIT   このページの上へ

2009'05.10 (Sun)

大橋家6月8日いよいよ証人尋問

大橋家証人尋問情報PART2やる気

6月8日(月)10:30~12:00大橋和広(次男)さん13:30~16:00大橋錦美(妻)さん証人尋問です。

よく「親の背中見て子供は育つ」と言いますが、まさに大橋家の和正さん・和広さんはそんな環境で育てられたんだなと感じます。お父さんが堪能だった英語。スポーツマンだったお父さん。何よりも、思いやりがあり、仕事で中々休暇が取れずにいたお父さん・・・でも、家族の為に、会社の為に一生懸命働いてくれてるお父さん・・・何よりも家族を大切にしてくれたお父さん。そんなお父さんの背中を見てきた・・・和正さん・和広さん。


そして、そんなお父さんの横には・・・お父さんの様に何事にもいつも一生懸命で、何より家族を大切にし、思いやりのあるお母さんの背中を見てきた・・・和正さん・和広さん。
本当に素敵な家族だなと私はいつも感じさせられます。

そんな家族がお父さんの為に日通と戦い始めて2年になろうとしています。

日通はパワハラも安全配慮違反も認めません(これだけの事言っているにもかかわらずいかりまーく

今までは争点整理等で非公開裁判でしたが6月8日(月)は公開裁判です。

日本通運側がどんな反論をしてくるか・・・分かりませんが大橋家は今までも・・・そして今も・・・証人尋問でも「真実」の訴えのみですOK
色々な日通からの反論で、真っ向から戦い。当時の思い出したくないお父さんの様子や出来事等をまた、思い出しながら・・・本当に辛いと思います。「真実」を話せば話すほど、きっと抑えきれない沢山の感情も出てきてしまうでしょう。そんな家族の「真実」の訴えは、傍聴に来た人や裁判官にも伝わると思います。

でも、日通の証人に来る人には・・・
日通はパワハラ・安全配慮違反・労働法を本当に知らいのか?(これも問題だけど)命を奪う事まで言ったり、やったりしているのに本当に自分達のい言った事、やった事忘れてしまっているのか?
それとも日本通運の名に傷付けたくなくて「嘘・偽り」を言っているのか・・・
もし、「嘘・偽り」を言っているのだとしたら証人の人達にも守るべき大切な家族がいるはず・・・自分の家族が同じ事されたらと考えると・・・心が痛まないのかな?と私は思います。

今回、残念ながら和正さんの尋問はありませんが、和正さんの心の声を、錦美さん・和広さんが一緒に訴えていきます。私も和正さん、日通裁判を支援してる人たちと一緒に傍聴してきますきゃっ自分が犠牲者にならない為にも、お時間のある方は傍聴へいらして下さい絵文字名を入力してください

大橋家証人尋問

6月8日(月)大阪地裁1010号法廷
10:30~12:00大橋和広(次男)さん証人尋問13:30~16:00大橋錦美(妻)さん証人尋問
03:26  |  大橋家安全配慮違反  |  TB(0)  |  CM(3)  |  EDIT   このページの上へ

2009'05.08 (Fri)

大橋家日通との戦いいよいよ公開証人尋問のお知らせ

いよいよ6月1日(月)・6月8日(月)の2日間で大橋家の証人尋問が行われます。

6月1日(月)午前中10:20~12:00午後13:30~16:00日通側の証人尋問ですエエェッ!?!?

日通側は下記の4人になります(大橋家のブログより)

1) 入院治療の申請をすると「半年の通院治療が必要なら仕事にならない、会社に迷惑を掛けていると思うなら、この際身を引いたらどうや」と退職強要を行ってきた上司

2) 事件の直接の引き金になった「イエローカード」なる題名のメール(後一枚で首という意味か?)を父に送ったり、父が亡くなった次の日(葬式の前)に非常識にも退職手続きの書類を持ってきたりした上司

3) うつ病治療で入院中に会社側が「面談」を申し込んできて、父が「面談」という言葉に恐怖を示したので、看護士に相談し、面談を断ったという事があったのですが、会社側は「面談」は会社側じゃなく、私たち側から申し込んできたと主張しています。その点を尋問する事になるそうです。

4) 私たち兄弟が父の遺品を会社に取りにいった時に対応してくれた方なのですが、私たちが遺品をまとめている間ずっと横で立っていたのですが、私は「隣で私たちの一挙一動を監視している様な圧迫感ありました」としか発言していないのに、その時に「阻止はしなかった」と主張するために、会社側は証人として立てたそうです。私たちは阻止されたとも主張してないし、そもそも事件と関係ないのでは?と思いますが。(プラスに取ればそれだけ反論する所がないという事でしょうか?)

この内容を見ているだけでも・・・誰もが日通のパワハラ・安全配慮違反がよく分かります。

上司の「半年の通院治療が必要なら仕事にならない、会社に迷惑を掛けていると思うなら、この際身を引いたらどうや」本人は治療の為に・・・退職強要のつもりはないと言っていますが、病気治療の為の入院であり、社員は有給や国が定めた傷病手当を使い一定の期間(最大1年半)会社を退職せずに治療に専念できる制度があります。

また「イエローカード」にしても2枚ではなく1枚しか出していないと言っていますが、1枚であろうが2枚であろうがそう言った社内メールを出した事には変わりありません。

そして会社側は大橋家が面談を申し出たと言っていますが、会社のパワハラでうつになり、会社に対しての恐怖心や不安感から精神科の入院にまで追い詰められたのを一番知っているのは家族です。
家族にしたら、会社の事は忘れてしっかり治療してほしいと言う気持ちで入院治療させているのに、それをわざわざ家族が会社に面談の申し入れする訳もなく。

今までは争点の関しての小部屋でのやり取りで、傍聴が出来ませんでしたが・・・・
6月1日(月)はいよいよ日通の証人尋問sn果してどこまで日通が話を作ってくるか・・・
どんな言い訳をしてくるのか・・・しっかり傍聴してきたいと思います。

大手企業がどんな反論してくるか・・・・今回の裁判は傍聴が出来ます。大橋家の他に日通と戦ってる人たちも傍聴に来ます。お時間ある方は今後の為にも是非傍聴へいらして下さい。

6月1日(月)大阪地裁 1010号廷
10:20~12:00・13:30~16:00です

次回のブログは6月8日(月)大橋家の証人尋問についてアップしますOK
00:34  |  大橋家安全配慮違反  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT   このページの上へ

2009'05.07 (Thu)

尼崎アスベスト裁判 初回弁論の報告

尼崎アスベスト裁判 初回弁論

4月23日(水)午前10時30分から神戸地裁尼崎支部1号法廷で、マスコミも駆けつける中、傍聴券が発行され、傍聴できなかった方も多く出るような状況で、初回弁論が開かれました。
まず、古嶋さんから次のような意見陳述がありました。
―夫は、昭和11年に兵庫県養父市に生まれ、1956年~62年までの6年余り、日通尼崎港支店からクボタ神埼工場に石綿の入ったドンゴロス(麻袋)を運び、積卸ピット(引っ掛けて荷扱いをする)作業に従事していました。そのためドンゴロスに穴が開き、アスベストの粉塵が飛散し、マスクがなく全身が真っ白になっていました。
私たちは、昭和34年に結婚し、光化学スモックを避け明石へ転居しました。夫は2004年12月から足のむくみと腹の膨らみが出てきて、病院に行くと、水がお腹にたまっていてアスベストによる中皮腫と診断されました。生き証人として労災申請しましたが、食欲なく、腹水が溜まってお腹が膨らみ、痛みが激しく一睡も出来ないので、モルヒネを投与し、2005年3月、68歳で亡くなりました。受診から4ヶ月のことでした。
そのあと、今度は娘がまた中皮腫に・・・。幼児のときに父と接触していたのが原因です。娘は1999年に夫と死別し3人の子どもを育てていました。働いていた本人ではないので労災は適用されません。娘は昨年8月に亡くなりました。
自分もいつ発症するかも知れない不安の中、2006年1月から日通と補償の話し合いを延べ6回もしましたが、責任者は現れず、「アスベストは運んでいない」と否認し、「退職者だ」と部外者扱いしました。―(要約)このあと、進行について裁判官から促されると、日通側は、「なにしろ50年くらい前の話、なかなか事実関係わからない」、クボタは「治験の証拠がない」と逃げましたので、証拠の出し方について5月21日(木)午前10時30分に進行協議を持つことになり、2回目の弁論期日は7月2日(木)午前10時30分、1号法廷に決まりました。
裁判後にもたれたミニ報告集会では、まず弁護士より、原告からは訴状提出、意見陳述と進めたが、被告からは骨だけの答弁書が出ているだけなので次回までに主張の補充がある。原告は、膨大な証拠を提出し、被告反論に対する再反論を行う。と説明がありました。
そして、この尼崎アスベスト裁判を支える会からのカンパ要請があり、旧国鉄の方から、アスベスト補償交渉で1年半かかりましたが、この3月に和解で解決しました。と報告がありました。

他の企業では、退職された社員にも・・・そして遺族の方にも現役社員同様の補償している会社もあります。また、何十年前であろうが、3年も前からアスベスト遺族が訴え、6回も話し合いをしているにもかかわらず事実関係が分からないおこる・・3年と言う期間がありながらおこる日本通運は裁判になり、公の機関が間に入らないときちんと話し合いに応じたり、きちんと調査したりしてくれないのでしょうか?それに事実関係が分からないのに何故「アスベストは運んでいない」と言い切れるのでしょうか?

6月は2週にわたり大橋家のいよいよ証人尋問です。詳細は次回のブログでアップしたいと思いますグー!
21:36  |  アスベスト訴訟  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT   このページの上へ
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