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2009'12.28 (Mon)

日本通運12月9日 王寺アスベスト補償裁判 の模様

12月9日 王寺アスベスト補償裁判 の模様

大阪地裁1010号法廷で12月9日午後4時から弁論が開かれました。
まず、提出された書面が確認され、裁判官から原告と被告の日通・ニチアス側に問いかけがあり、原告は、「証人申請する方向で検討する」。ニチアスは、「証人予定を明らかにしたい。」日通は、「証人申請は、高齢などで出廷できるか本人の判断に任せたい。主張は、日通は荷物を運んでいるだけだが、していきたい。」とおのおのより返事があり、裁判官は「来年、一定の目途を付けたい」としました。
次回は、進行協議が2月2日、弁論が2月10日(水)午後4時に大阪地裁1010号法廷でと決まりました。
閉廷後に報告会があり、弁護士は、「日通側が予定している証人は、本人が2年間“日本アスベスト”(現、ニチアス)で働いていた時期の支店長。80歳を超えていて車椅子で目がよく見えないようだが、頭はしっかりしているらしい。陳述書は出している。王寺駅の貨物専用ホームで石綿の積卸をしていたと言っていて、場所について原告の主張とズレがあるが、石綿の積卸の場所にいた事には違いない。」との説明を受けて、本人の弟さんが「兄は、『ニチアス社員はマスクをしていたが、自分は口にタオルまいていた。ニチアス工場の側線で石綿原石を卸していた。工場内で机を置いて手配などの仕事をしていた。積卸作業の手伝いもしていた』と言っていた」と、ニチアス工場内で仕事をしていたことに間違いがないとの事でした。また、労基署に側線を使っていた記録があるとのことです。続けて、弁護士が「準備書面は出したが、働いていた期間が短いので状況がハッキリしない。ニチアスは、『常駐していない。別の場所だから責任ない』日通は、『ニチアス担当にしていたが1日に1時間か30分くらいしかしていない。』と曝露する場所で仕事をしていたことは認めているが、工場かどうかは証人が必要。本人の病理解剖で石綿小体が出ていた証拠を提出。裁判官は『双方が主張をそろそろ止めて、証人申請してほしい』と言っている。何しろ40年前の話だから・・。」と説明がありました。 そのあと、患者家族の会、梅川さん、大橋錦美、SD裁判、泉南アスベスト裁判、火災報知器会社アスベスト被災裁判本日提訴、から報告があり、最後に原告の吉崎さんから「暗中模索ですが、皆さんの闘いに励まされて頑張れます」との感謝の言葉がありました。

日通も、ニチアスも散々働かせておいて、いざ困ると、曖昧な返事や、中々証拠も出してこない。そして知らぬ存ぜん。それは、今も、昔も変わらない事が、よく分かります。何十年と定年まで働いてくれた社員に対しても卑劣な対応しかできないのでしょうか?社員がどこに転勤し、どこに所属しどんな仕事していたか日通は記録はないのでしょうか?
そう言った意味でも社員管理が出来ていないのが本当によく分かります。こんなに無関心だから、パワハラや残業カット・安全配慮義務違反がなくならないのでしょう
19:49  |  アスベスト訴訟  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT   このページの上へ

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