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2010'12.21 (Tue)

日通 尼崎アスベスト裁判 第9回口頭弁論 の報告

尼崎アスベスト裁判 第9回口頭弁論 の報告

12月16日(木)午前11時に神戸地裁尼崎支部3階1号法廷で、第9回目の口頭弁論が開かれました。とても寒い日でしたが法廷は今回も傍聴者で一杯でした。
今回の弁論期日までに原告と被告双方が提出した書面を確認したあと、次回の弁論期日が明らかにされ、わずか3分で終わりました。これは、弁論に先立って開かれた非公開の弁論準備の場で協議した内容を、今回の公開された弁論の期日で正式に口頭弁論したとして確認するというセレモニーだからです。
だから、傍聴者には、裁判の進行状況や弁論の内容が不明で、弁護士の解説で知ることになります。
建物の外で寒々しい中、みんなが肩を寄せ合い、今回も弁護士から解説を受けました。
「被告の反論に対し、原告から①予見可能性②安全配慮義務について反論し、クボタは“昭和37年から日通のトラックは来ていない”と主張しているが、日通に“その通りなのか?資料で明らかにせよ”と『求釈明』した。そして、被告が再反論の機会が欲しいと言ったので次回の期日が設定された。今後は、争点整理→証人申請→証人尋問(来年夏前か?)となる。」
そこで、『予見可能性』について質問があり、「予見可能性とは、単に知らなかったではなく、いろんな情報などから“いつごろから危険性が分からなければいけなかったのか?”と言うもので、クボタは“低濃度のアスベストの曝露が有害と分かったのは、早くて1970代以降だ”と言っているが、原告は実態をあげ“真っ白い粉塵がモウモウと舞っている中で仕事をしていたのだから、塵肺(石綿肺)の危険性は、1940年には分かっていた”と主張した。」
最後に、司会者から「話し合いを始めてから4年になる。今も日通大阪支店前で門前ビラまきをしているが、日通ビルに“安全(運転)を心がけています”という掲示があるのは、一体何か?と思う」という痛烈な皮肉がありました。
次回弁論は、来年3月10日(木)午前11時から同法廷で、と決まりました。
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